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プロバイオティクス研究最前線

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腸内細菌と発達障害

東海大学医学部専門診療学系精神科学 准教授

三上 克央

近年、腸内細菌叢の解析技術の発展は目覚ましく、腸内細菌の生理的機能や様々な疾患への関与が解明されている。このような腸内細菌叢の宿主への影響のなかで、我々は腸内細菌叢の神経系の発達への影響に着目した。そして、出生早期の腸内細菌叢が宿主の精神活動や行動特性に関与しているという仮説を立て、無菌マウスと用いた基礎実験を重ね、検証を進めてきた1-3。 当該仮説を検証する上での疾患モデルとして、我々は発達障害(神経発達症)を考えた。発達障害は、脳の先天的な機能的・器質的な原因によって引き起こされた発達に関する障害の総称であり、典型的には発達早期(しばしば就学前)に明らかになり、個人的、社会的、学業または職業に機能障害を引き起こす特徴をもつ。発達障害には、知的能力症群、コミュニケーション症群、限局学習症、運動症群、自閉スペクトラム症 (Autism spectrum disorder、以下ASD)、そして注意欠如・多動症 (Attention deficit/hyperactivity disorder、以下ADHD) が含まれ、ASDとADHDは発達障害の中核をなす。ASDは、対人相互性 (社会性) の問題、コミュニケーションの問題、そして想像性(固執性)の問題を中核とした認知・行動特性を有し、ADHDは、不注意症状や多動・衝動性を主な認知・行動特性とする。ASDやADHDなどの発達障害は、生涯にわたって問題が顕在化する可能性があるが、発達早期に顕在化しうる代表的な疾患群である。 このような発達障害、とりわけASDと腸内細菌叢との関係が、近年衆目を集めている。ASDの腸内細菌叢の特徴、そしてASDは消化器症状を併存する頻度が高いことに関する研究成果は蓄積されつつあるが、我々はさらに、腸内細菌叢が発達障害に特徴的に認められる精神活動や行動特性に関与することを見出した1-3。また、単一菌定着マウスを用いた実験では、出生早期のプロバイオティクスによる介入は、宿主の行動特性に影響を及ぼすことが示唆された1-3。そうであるならば、腸内細菌叢の安定を出生早期に図ることができれば、その後の精神活動や行動特性を健全に保つことが期待できる。さらに、妊婦の段階で新生児の腸内細菌叢の健全化を図ることができれば、乳幼児の精神活動や行動特性をより侵襲性の少ない方法で安定化できる可能性がある。我々は、自験例と先行研究からさらなる仮説を構築し、今後も丁寧に検証していきたい。 参考文献 1.      三上克央.腸内細菌と発達障害.消化器心身医学. 22(1):2-5, 2015 2.      三上克央.腸内フローラと自閉スペクトラム症.分子精神医学.先端医学社. 17(1), 29-34, 2017 3.      三上克央.脳腸相関と疾患:発達障害.内藤裕二編集.脳腸相関:各種メディエーター,腸内フローラから食品の機能性まで.医歯薬出版株式会社, 東京, 38-44, 2018
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ヘリコバクターピロリ感染症に対するプロバイオティクス

東海大学医学部消化器内科客員教授

古賀泰裕

はじめに

 プロバイオティクス(Probiotics; 以下Pbと略す)の概念は20世紀初頭、免疫食細胞の研究でノーベル賞を得たイリア・メチニコフ(1845~1910)により提唱された。老化を研究していたメチニコフは、腸内に定住する腐敗菌が出す腐敗物質が老化を引き起こす原因であると予想していた。当時、ブルガリアは長寿国として知られていたが、その理由は、ブルガリア人が多量に消費するヨーグルトには乳酸桿菌が多く含まれ、これらが腸内腐敗菌の活動を抑えるためであると、彼は考えた。このように有益菌を用いて、腸内常在菌として棲息する有害菌を抑制することで、健康維持あるいは疾病予防を行うという、現在のPbの考え方はメチニコフによって創始されたと言える。本稿ではPbの基礎、そしてHelicobacter pylori(以下、ピロリ菌と略す)感染症の治療、予防におけるPb応用の現状について述べる。

 

Pbとは

 Pbとは口腔から肛門に至る広義の消化管に定住する常在細菌群に働きかけて、あるいは単独で、生体に有益な効果をもたらす生きた菌を指す用語である。現在、主に乳酸桿菌およびビフィズス菌がPbとして用いられている。皮膚、外部尿道、膣にも常在細菌が定着しており、Pb応用の可能性がある。また類似語のプレバイオティクス(Prebiotics)は腸内の有益菌を増やす物質のことを指し、ビフィズス菌を選択的に増殖させるオリゴ糖が、現在、代表的なプレバイティクスとして使用されている。

 Pbは、以下に列挙する常在細菌の生体に及ぼす有益な効果を肩代わりすることで、生体に有益な効能を及ぼすものであるとも言える。
1)消化管内の有害菌(およびピロリ菌を含む病原菌)を直接抑制する。機序としてはcolonization resistanceと総称される栄養や宿主粘膜への定着/付着部位を有害菌と拮抗することで奪う、あるいは有機酸(乳酸、酢酸など)やバクテリオシンを分泌することで、有害菌を抑制し殺菌する。
2)難消化性多糖類などの消化および代謝を促進し、宿主の必須栄養素であるビタミン類や、腸管上皮細胞の栄養となる短鎖脂肪酸を腸内に供給する。
3)消化管機能(吸収、運動など)の発達および再生を促進する。
4)腸内への分泌型IgA分泌促進あるいはNK細胞活性化により粘膜免疫防御能を増強する。

 現在、Pbは感染症、炎症、免疫アレルギー、代謝の多くの疾患に有効あるいは有望と考えられている。表1は2001年に国連食糧農業機関(FAO)・世界保健機構(WHO)合同専門家会議から提示されたPbの応用の具体例に、最近注目されているPb対象疾患を加えたものの一覧である。Pbの生体での作用の一般的な特徴を感染症における抗生物質の作用と比較して述べると、抗生物質が病原菌を短時間で殺菌あるいは静菌化するのに対し、Pbは消化管細菌叢というエコシステムを介していわば間接的に抗菌効果を発揮する。このため、Pbは急性感染症の治療には適さないが、長時間安全に投与できるので、感染症予防あるいは慢性細菌感染症で生じる二次的病変(例;ピロリ感染にともなう消化性潰瘍)の発症予防に適している。Pbは作用の発現が緩徐であり、多くの場合、一定の効果を得るのに月単位の継続投与が必要なのも、その特徴の一つである。

表1 プロバイオティクスの応用範囲
疾患

1. 消化管に関連した疾患

 1)歯周病 
 2)細菌, ウイルスによる下痢
 3)ヘリコバクターピロリ菌感染とその合併症
 4)機能性ディスペプシア
 5)炎症性腸疾患
 6)過敏性大腸
 7)癌
 8)便秘

2. 粘膜免疫

3. アレルギー

4. 心血管疾患

5. 肥満, 糖尿病

6. 老化

対象となる病原菌/疾病病態

ジンジバリス菌
サルモネラ菌, クロストリジウム菌, ロタウイルス慢性胃炎, 胃十二指腸潰瘍, 胃癌

Crohn病, 潰瘍性大腸炎

胃癌, 大腸癌, 膀胱癌

マクロファージ, NK細胞, slgA

食物アレルギー, アトピー性皮膚炎, 気管支喘息

血中コレステロール

体脂肪, 耐糖能

動脈硬化, Alzheimer   

胃で働くPb

腸には100兆個もの膨大な数の常在細菌が定住している。一方、ヒトの胃は強い胃酸のため、従来の培養法による検索では常在菌はほとんど存在せず、胃液1mlあたりせいぜい10個検出される程度で、その多くはレンサ球菌、乳酸桿菌である。しかし、萎縮性胃炎や胃酸分泌抑制剤の長期連用により胃酸分泌が低下した胃では、常在菌の数は増加し10/mlにも達する。すなわち、胃は潜在的には乳酸桿菌などによる常在細菌叢が形成されうる部位であるが、強い胃酸の存在がこれを阻んでいる。

 これに対して、筆者らは以前おこなったピロリ菌感染実験で、通常環境で育ったいわゆるSPFマウスは、ピロリ菌を経口接種しても胃に感染が成立することが困難であることを観察した1)。その原因を検討したところ、これらのマウスでは胃に乳酸桿菌を主とする常在細菌叢が成立しているため、ピロリ菌は胃に侵入してもこれら乳酸桿菌に排除されてしまうことがわかった。マウスの胃は酸性度がpH4程度と弱いため乳酸菌が定住できると考えられた。一方、ヒトの胃は酸性度がpH1〜2と強いため、通常の乳酸菌は胃に棲息できない。従ってヒトの胃でもPbを用いてピロリ菌を排除するためには、そのPbは胃酸への耐性があり、かつ胃粘膜に付着能を有することで、胃にある程度の時間、生きてとどまることが可能でなければならない。これらの検討をもとに、筆者らはヒトの胃でピロリ菌に対して抑制効果を発揮するPbとして、約2000種の乳酸桿菌株からLG21(Lactobacillus gasseri OLL2716)株(図1)を選び出した。

図1
lg21

LG21株は他の乳酸桿菌株に比べ高い胃酸耐性と胃粘膜付着能を持つのが特長である。LG21を成人のピロリ菌感染者に摂取してもらう予備的臨床試験では、1日109個を毎日6週間摂取することで、胃内ピロリ菌数が約10分の1に減少し、胃粘膜炎症が有意に軽減した2)

 ピロリ菌感染においては、まず菌体が胃粘膜に付着することが感染成立に必須である。付着したピロリ菌はIV型分泌機構と呼ばれる機序で粘膜細胞内に菌体成分を注入し、粘膜細胞からの炎症性サイトカイン産生を惹起する。この中で、炎症発症に主要な役割を果たすのがIL-8で、胃粘膜に多形核白血球の高度な浸潤を誘発し、その持続が慢性胃炎を発症させる。筆者らは胃粘膜におけるLG21のピロリ菌抑制機序を明らかにするために、ヒト胃粘膜細胞株MKN45とピロリ菌を共培養することでMKN45からIL-8を産生させるin vitro実験系を作った。この培養系にピロリ菌と同数のLG21乳酸菌を加えると、ピロリ菌のMKN45への付着が阻害されIL-8産生が著しく抑制された。加熱やUV照射により死菌化されたLG21ではIL-8産生抑制は認められなかった(図23)。ヒトにおいても、10個のLG21を含むヨーグルト(112g)を1日2回、8週間連日摂取することで、胃粘膜組織片に含まれるIL-8濃度が約60%に有意に低下した(図33)p=0.02; n=29)。以上の結果から、LG21は、ピロリ菌の胃粘膜細胞への付着を阻止することでIL-8などの炎症性サイトカイン産生惹起を抑制し、ピロリ菌感染による胃粘膜炎症を軽減すると考えられる。

 Pbによるピロリ菌抑制機序としてこれまで述べた機序に加えて、Pbが乳酸菌である場合はその分泌する乳酸や酢酸がピロリ菌に対して直接の殺菌効果を発揮する。また、抗菌物質であるバクテリオシンを分泌することでピロリ菌を抑制するPb株もある。

図2
図2
図3
図3

除菌療法適応拡大時代におけるPbの存在意義

 ピロリ菌感染症により引き起こされる疾患に対する除菌療法に、日本で初めて健康保険が認可されたのは2000年である。最初に承認されたのは、ピロリ菌感染により生じた胃十二指腸潰瘍であった。続いて、2010年には胃MALTリンパ腫、特発性血小板減少性紫斑病、早期胃癌に対する内視鏡的治療後、の三疾患が追加された。ただ、これらの疾患を発症するのは、ピロリ菌感染者全員から見れば一部に過ぎない。大多数のピロリ菌感染者は、その大部分が慢性胃炎を有してはいるが上記の重大な疾患はまだ発症しておらず、健康保険による除菌適応にはならなかった。しかし、これら大多数の人々も、ピロリ菌非感染者に比べれば明らかに胃癌、胃十二指腸潰瘍の発症リスクは高く、除菌療法以外の何らかのリスク低減策が求められた。ここで登場したのがPbである。Pb、特に先に述べたLG21株には、一定のピロリ菌数減少および胃粘膜炎症軽減の効果が認められた。したがって絶対的な除菌適応とは言えないこれら多くのピロリ菌感染者に対して、Pbを投与することでリスク低減をもたらすことは十分な意義があった。しかし2013年に、除菌療法の保険適応が「ヘリコバクター・ピロリ感染胃炎」にまで広がった。胃へのピロリ菌感染は例外なく胃粘膜に炎症を誘発し慢性胃炎を発症させることを考えるならば、この適応拡大は事実上、ピロリ菌感染者全員が除菌療法の保険適応になったことを意味する。このため今後は、ピロリ菌感染症に対する除菌療法における補助療法としてのPbの役割は、かなり狭められることになる。すなわち今後のPbの出番としては、1)一次除菌および二次除菌が不成功、2)抗生物質アレルギーあるいは高度の副作用のため除菌療法が困難、3)小児期においてピロリ菌抑制が必要、4)除菌療法との併用による除菌成功率を向上、等の場合が考えられる。一方、民間療法としてPbを用いる場合はこの限りではない。

 

ピロリ菌感染症に対するPbの単独投与

 ピロリ菌感染症に対するPb単独投与の効果についての主な報告4)をまとめたのが表2である。2001年、筆者らのグループであるSakamotoは31名の無症候ピロリ菌感染者に、LG21を10個含むヨーグルト90gを1日2回、8週間連続摂取させた。摂取期間前後で、尿素呼気テスト値の改善および血中PGI/II比の有意な上昇が得られた。一方、同一被験者に8週間の休止期間を与えた後に、LG21を含まない同じヨーグルトを同様に8週間連続摂取させた場合は、摂取期間前後で尿素呼気テストあるいは血中PGI/II比に有意な変化は認められなかった2)。これらの検査の中で、尿素呼気テストは胃内に棲息するピロリ菌が保有する総ウレアーゼ活性を測定するもので、その測定値の消失は胃内ピロリ菌の消滅すなわち除菌を意味するが、比較的低下は菌数あるいは菌活動の減少を示唆すると考えられる。またPGI/II比の上昇は胃粘膜炎症の軽減あるいは消失を意味するもので、除菌が成功した場合はPGI/II比の上昇が例外なく認められる。LG21単独投与効果の結論として、胃内ピロリ菌数の減少が示唆され胃粘膜炎症は有意に軽減されたが、完全除菌に至ったケースは認められなかった。他施設から報告された臨床試験でもその多くで、尿素呼気テスト値の改善、血中PGI/II比の上昇が認められる。しかし表1に記載したGottelandらの報告を除いては、完全除菌が得られたとする結果は得られていない。また彼らの報告においても除菌判定は、Pb投与終了直後の1回の尿素呼気テストで行われており、ピロリ菌は除菌(消滅)に至ったのではなく検出限界以下に一過性に減少した可能性も否定できない。

表2 ピロリ菌感染症に対するPb単独投与の効果
 
試験方法 被験者(症例数) 用いたPbの菌株と量 結果 参照文献
R, P 無症候成人(14) L. casei Shirota, 1.95×1010, for 3 weeks 効果なし Cats et al. Br J Nutr 2000
P 無症候成人(31) L. gasseri OLL 2716, 2.2×109/day for 8 weeks 尿素呼気テスト改善 血中PGⅠ/Ⅱ比 上昇 Sakamoto et al. J Antimicrob Chemother 2001
O 有症候幼児(12)     L. gasseri OLL 2716, for 8 weeks 尿素呼気テスト不変 便中ピロリ菌抗原量低下 血中PGⅠ/Ⅱ比 上昇 Shimizu et al. J Antimicrob Chemother 2002
R, DB, P 無症候幼児(236)  L. johnsonii La1 L.paracasei ST11  1.8×109/day for 4 weeks 尿素呼気テスト改善 Cruchet et al. Nutrition 2003
R, DB, P 無症候成人(50) L. johnsonii La1 acidified milk for 3 and 16 weeks 胃炎改善 胃粘膜ピロリ菌密度低下 胃粘膜層増大 Pantoflickova et al. Aliment Pharmacol Ther 2003
R 無症候幼児(254)  S. boulardii (500mg/day) + inulin (10g/day) L. acidophilus LB (heat inactivated),1010/day for 8 weeks 除菌率 12% (Sb) 除菌率 6.5% (L b) Gotteland et al. Acta Paediatr 2005
DB, 二重盲検; R, ランダム化; P, プラセボ対照; O, オープン
“ Systemic review : are probiotics useful in controlling gastric colonization by H.pylori” Gotteland et al. ; Aliment Pharmacol Ther 23 : 1077-1086, 2006. を一部改変

ピロリ菌抗生物質除菌療法へのPbの併用

 抗生物質にPPI(プロトンポンプ阻害剤)を加えたピロリ菌除菌療法は、ピロリ菌感染症治療の第一選択とされている。我が国でも抗生物質としてクラリスロマイシンとアモキシシリンを1週間連日投与する一次除菌療法が広く普及している。除菌療法に伴う副作用として主なものは、下痢、腹部膨満などの消化器症状であるが、これらは服薬コンプライアンスを下げ除菌率の低下につながる。抗生物質除菌療法にPbを併用することで、副作用出現を予防して除菌率向上を目指す試みがこれまで数多く実施されてきた。表3にその主な報告4)をまとめた。

表3 ピロリ菌抗生物質除菌療法へのPbの併用効果
 
試験方法 ピロリ菌(+)被験者 (症例数) 除菌療法薬剤 併用したPbの菌株と量 結果 参照文献
R, O 有症候成人(120) Rabeprazole, clarithromycin, amoxicillin L. acidophilus LB, for 10 days ER上昇 AE不変 Canducci et al. Aliment Pharmacol Ther 2000
R, O 無症候成人(120) Pantoprazole, clarithromycin, imidazole L. rhamnosus GG, 1.2×1010/day for 10 days ER不変 AE減少 Armuzzi et al. Digestion 2001
R, O 有症候成人(160)     Lansoprazole, clarithromycin, amoxicillin L. acidophilus LA5, +B. lactis Bb12, 1010/day for 4 weeks   ER上昇 Sheu et al. Aliment Pharmacol Ther 2002
R, P, DB 無症候成人(85) Rabeprazole, clarithromycin, tinidazole L. rhamnosus GG, S. boulardii Lactobacillus LA5, +B. lactis Bb12, for 2 weeks ER不変 AE減少 Cremonini et al. Am J Gastroenterol 2002
R 有症候 かつ除菌失敗者成人(70) Esomeprazole or pantoplazole, ranitidine bismuth citrate,   amoxicillin and tinidazole   L. casei DG, 1.6×1010/day for 10 days    ER不変 AE減少 Tursi et al. Med Sci Monit 2004
R, P, DB 有症候小児(86) Omeprazole, clarithromycin, amoxicillin L. casei DN, 1010/day for 2 weeks ER上昇 AE減少 Sykora et al. J Clin Gastroenterol 2005
R, P, DB 有症候小児(83) Omeprazole, clarithromycin, amoxicillin  L.GG 2×109 for 1 weeks ER上昇 AE減少 Szajewska et al. J Pediatr Gastroenterol  Nutr 2009  
R 無症候成人(229)     Rabeplazole, clarithromycin, amoxicillin L. gasseri OLL2716, 109/day for 4 weeks ER上昇 AE減少 Deguchi et al. J Gastroenterol Hepatorol 2011
DB, 二重盲検; R, ランダム化; P, プラセボ対照; O, オープン; ER, 除菌率; AE, 副作用
“ Systemic review : are probiotics useful in controlling gastric colonization by H.pylori” Gotteland et al. ; Aliment Pharmacol Ther 23 : 1077-1086, 2006. を一部改変

2004年までに報告されたPb併用臨床試験についてのGottelandらのレビュー4)では、「Pbの併用は除菌療法に伴う副作用の軽減には有効であるが、除菌率の向上には必ずしも結びつかない」と述べている。しかし2006年までの臨床試験報告を用いて実施されたTongらのメタアナリシス5)では、「Pb併用により除菌率が有意に向上した」と結論づけている。すなわち彼らはPb併用についてのランダム化臨床試験、計14報(n=1671)を解析したところ、除菌療法のみでの除菌率74.8%(ITT解析)が、Pb併用により83.6%に向上した。また副作用発現頻度も38.5%から24.7%に低下した。これらのメタアナリシスはすべて成人での成績に基づいたものである。2013年に報告された小児ピロリ菌感染者における除菌療法へのPb併用効果についてのメタアナリシス6)でも、Pb併用による除菌成功率のオッズ比はITTおよびPP分析において、それぞれ1.96、2.25と有意な上昇が認められた。一方、副作用出現頻度は0.32と減少していた。このように近年になってPb併用が除菌率向上にも寄与するようになった背景として、抗生物質とくにクラリスロマイシン耐性ピロリ菌増加による、近年の除菌率低下が考えられる。国内では以前は90%以上であった一次療法による除菌成功率が、最近では70%前後に低下している。Ushiyamaら7)は、乳酸菌LG21はクラリスロマイシン耐性ピロリ菌に対しても感受性ピロリ菌に対するのと同様の高い抑制効果を発揮することを、感染動物モデルを用いて明らかにした。さらに最近Deguchiら8は、PbとしてLG21を用いて、Pb併用の除菌上乗せ効果を検討するランダム化対照比較試験を実施した(n=229)。ラベプラゾール、クラリスロマイシン、アモキシシリンの1週間投与群と、これら3剤にLG21(10x2/日)を4週間(3剤投与3週間前から投与終了まで)併用する群とに分けて比較検討した。その結果、3剤のみの除菌率はITT解析で69.3%であったのに対し、LG21併用群では82.6%と有意に向上した(p=0.018)。さらに治療前の遺伝子解析で、クラリスロマイシン耐性ピロリ菌保菌者であることがわかっていた被験者51名について層別解析を行ったところ、除菌率は3剤のみでは28.0%に対し、Pb併用では38.5%と上昇の傾向を示した(p=0.46)。これらの結果は、近年の除菌率低下がクラリスロマイシン耐性ピロリ菌の増加によるものであること、さらにPb併用による除菌率の向上は、副作用を軽減することでの服薬コンプラインス改善に加え、Pbの耐性ピロリ菌に対する直接の除菌効果が関与していることを示唆した。

 一方、除菌療法におけるPbの併用効果について懐疑的意見もある。その代表的報告が最近出された「マースリヒトコンセンサス会議報告第4報」9)である。マースリヒト会議は、これまで日本でのピロリ菌感染症診断治療の有力な指針となってきた。今回の第4回マースリヒト会議は2010年に世界24カ国からの専門家が集まっておこなわれた。この報告書の中の“Statement 12”に、「ある種のプロバイオティクス/プレバイオティクスはピロリ菌除菌における補助療法剤として有用である」という検討課題が上程された。これに対し会議メンバーが審議した結果、推薦レベルとしてA、 B、 C、 Dの中の最も低いD、そのエビデンス(根拠)として1〜5段階の最も弱い5(=専門家の意見ではあるが、まだ十分に明白な根拠がない、あるいは基礎的研究が主で十分な臨床試験が伴っていないもの)という判定を下された。乳酸桿菌を除菌療法に加えることは、除菌に伴う副作用の軽減および除菌率の向上に有効であるというメタアナリシスがすでに複数報告されているが、マースリヒト会議第4報では、「各臨床試験で用いられた乳酸桿菌の菌種、菌株がまちまちであり、乳酸桿菌の効果はまだ確固たるものではない」と述べている。そして今後、真に有効な菌株、投与菌量、投与法を決定する臨床試験が必要と提言している。ただ15年以上前の1997年に我々が世界に先立って、ピロリ菌感染症にPbを用いることを提唱した当時は、このような国際的な消化器病学のガイドラインではPbは全く無視されていたのが、今回のように検討項目として取り上げられるように至ったことは全くもって感慨深い。いづれにしても、除菌療法におけるPb併用の有効性については今後さらなる検討が必要である。

 

文献

1)Kabir AM, Aiba Y, Takagi A, et al: Prevention of Heliocbacter pylori infection by lactobacilli in a gnotobiotic murine model. Gut 41: 49-55, 1997

2)Sakamoto I, Igarashi M, Kimura K et al: Suppressive effect of Lactobacillus gasseri OLL2716 (LG21) on Helicobacter pylori infection in humans. J Antimicrob Chemother 47: 709-710, 2001.

3)Tamura A, Kumai H, Nakamichi N, et al: Suppression of Helicobacter pylori-induced interleukin-8 production in vitro and within the gasric mucosa by a live Lactobacillus strain. J Gastroenterol Hepatol 21: 1399-1406, 2006.

4)Gotteland M, Brunser O, Cruchet S: Systemic review: are probiotics useful in controlling gastric colonization by Helicobacter pylori? Aliment Pharmacol Ther 23: 1077-1086, 2006

5)Tong JL, Ran ZH, Shen J et al: Meta-analysis: the effect of supplementation with probiotics on eradication rates and adverse events during Helicobacter pylori eradication therapy. Aliment Pharmacol Ther 25: 155-168, 2007

6)Li S, Huang X-l, Sui J-z, et al: Meta analysis of randomized controlled trials on the efficacy of probiotics in Helicobacter pylori eradication therapy in children. Eur J Pediatr (Published online 10 December 2013; DOI 10.1007/s00431-013-2220-3)

7) Ushiyama A, Tanaka K, Aiba Y et al: Lactobacillus gasseri OLL2716 as a probiotic in clarithromycin-resistant Helicobacter pylori infection. J Gastroenterol Hepatol 18: 986-991, 2003.

8) Deguchi R, Nakaminami H, Rimbara H et al: Effect of pretreatment with Lactobacillus gasseri OLL2716 on first-line Helicobacter pylori eradication therapy. J Gastroenterol Hepatol 27: 888-892, 2012.

9) Malfertheiner P, Megraud F, O’Morain CA, et al: Management of Helicobacter pylori infection-the Maastricht IV/Florence consensus report. Gut 61:646-664, 2012.

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機能性ディスペプシア(=胃弱)治療剤としてのプロバイオティクス

東海大学医学部消化器内科客員教授

古賀泰裕

 機能性ディスペプシアとは、「症状の原因となる炎症、潰瘍あるいは腫瘍など目に見える病変が胃十二指腸に見つからないのにもかかわらず、胃十二指腸に由来すると思われる症状が長く続いているもの」と定義されています。機能性ディスペプシアの代表的な症状は、食後のもたれ感、早期飽満感、心窩部痛、心窩部灼熱感の4症状です。そして、これらの症状は多くは何ヶ月も持続します。機能性ディスペプシアの患者さんでは、症状のため日常の様々な活動が損なわれことが多く、仕事に支障を来す事も少なくありません。またその患者さんの数も多く、日本では全国民の20〜30%がかかっているとの報告もあります。

 今、本学会で明らかにしようとする機能性ディスペプシア発症の原因候補として、これまで多くが発表されています。それらは、胃運動機能異常、胃十二指腸知覚過敏、胃酸分泌過剰、食事の偏り、ピロリ菌感染、生育時の家族および社会環境におけるストレス、等々です。しかし、これらはいずれも一部の機能性ディスペプシア患者の発症あるいは症状成立過程の一部を説明するにとどまり、広く全体を解明するところにまでは至っていません。

 一方、本学会では機能性ディスペプシアあるいは類似の上部消化管症状の原因として、新たに“胃常在細菌叢の異常”が関わっているかについて研究を進めています。私どもは、現在実施中の別の臨床研究において、胃液の中の常在細菌叢は、総菌数は少ないものの、種類に関しては腸内の常在細菌叢と同様に非常に多くの菌種から構成されていること、また総菌数も胃酸の弱いヒトでは非常に増加していることを見いだしています。一方、これまでの腸内細菌叢に関する多くの研究では、腸内細菌叢の異常は、便秘、下痢などの消化器症状の原因になることがわかっています。これらの事実から、胃常在細菌叢の異常が機能性ディスペプシアあるいは類似の上部消化管症状の原因になっている可能性がある、と私どもは考えています。

 機能性ディスペプシアの治療においては、現在、一般に、胃酸分泌抑制薬、胃運動機能改善薬、ピロリ菌除菌療法、抗うつ薬、抗不安薬、が主に用いられています。しかし、これらの薬剤はいずれも有効性が低く、効能評価試験において治療効果が偽薬を大きく上回ることはありません。すなわち、現在のところ、機能性ディスペプシアの治療において十分な効果を有する薬剤はまだ無いと言っても過言ではありません。明確な原因が不明である以上、確実に有効な治療法がまだ見つかっていないのも無理からぬところでしょう。

 プロバイオティクスとは、生体に有益な効果を発揮する生きた細菌のことです。これまでプロバイオティクスとして乳酸菌が多く用いられてきました。プロバイオティクスの効能としては、一般に、腸内常在細菌叢の健全化を介して、腸の機能異常である便秘や下痢の改善に有効であることが知られています。一方、本臨床試験で用いる乳酸菌LG21は、他の乳酸菌に比べ胃酸に強く胃粘膜にとどまりやすいことが特長です。そしてLG21は、これまで、ピロリ菌抑制や胃粘膜炎症の改善に働く胃のプロバイオティクスとして広く用いられてきました。さらに私どもは、最近、ピロリ菌感染者にLG21を投与する臨床試験*で、LG21が食後のもたれ感、早期飽満感の改善に有効であることを見いだし2013年開催のアメリカ消化器病学会で発表し好評を得ました。

*Ohtsu T, Takagi A, Uemura N, Inoue K, Sekino H, Kawashima A, Uchida

M, and Koga Y. 2017. The ameliorating effect of Lactobacillus gasseri OLL2716 on functional dyspepsia in Helicobacter pylori-uninfected individuals: A randomized controlled study. Digestion 2017;96:92-102. 

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アトピー性皮膚炎および糖尿病予防に有効なプレバイオティクス、ケストース

物産フードサイエンス(株)

栃尾 巧

ケストース
ケストース
ケストース
ケストース
ケストース
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歯周病予防に有効なプロバイオティクス、LS1

(株)湖池屋

松岡隆史

歯周病に対するプロバイオティクスLS1株の検討

 

 ・はじめに

 歯周病は歯周病原細菌が原因となる細菌感染症である1)。歯周病が進行すると、炎症から結合組織の破壊や歯槽骨吸収などが起こり、歯周ポケットが形成される。歯周ポケット中には病原性の高いグラム陰性嫌気性細菌が生息し、歯周病をさらに進行させていく。そして最終的には歯牙が脱落する。さらに歯周病は糖尿病や呼吸器系疾患、心筋梗塞、動脈硬化等の原因になることが知られている2)。このように、口腔内のみならず全身疾患にも関与する歯周病ではあるが、厚生労働省が実施した平成17年歯科疾患実態調査によると、歯肉に所見がある人は80%以上、特に50歳以上では半数以上が4mm以上の歯周ポケットを有している3)。いまや歯周病は国民的な生活習慣病となっている。

歯周病は歯周病原細菌により発症、進行することから、歯周病の予防や治療には歯周病原細菌を取り除くことが必要となってくる。現在、歯周病の治療は歯ブラシやスケーラーを用いてのブラッシングやスケーリング等による機械的プラークコントロールが最も有効な手段となっている4)。これを補完する手段として抗菌剤を用いた化学的プラークコントロールがある。しかし、ブラッシングによるセルフケアでは正しいブラッシングが行われていなかったり、歯間などに磨き残しがあったりするため、プロフェッショナルケアは必須である。また、化学的プラークコントロールは、プラーク中の細菌が菌体外マトリックスにより保護されており、抗菌剤に対して抵抗性を示すことから、急性期を除いた歯周治療においては有効な方法ではない5)。また、歯周治療における局所投与を含む抗菌剤の使用は、一時的であるが口腔内の耐性菌の増加につながることが知られている6)。このように機械的プラークコントロール、化学的プラークコントロール共に問題点を抱えていることから、容易で効果的なセルフケアの方法が求められてきた。

 そこで我々は腸内の悪玉菌を善玉菌で抑えるプロバイオティクスの考え方を口腔内に応用し、口腔内悪玉菌である歯周病原細菌を善玉菌で抑制する口腔内プロバイオティクスの開発を試みた。まず、健康なヒトの口腔内より歯周病原細菌抑制効果がある菌を単離した。さらに口腔内での使用はう蝕の問題が懸念されることから耐酸性の低い菌をスクリーニングした。その結果Lactobacillus salivarius TI2711株(乳酸菌LS1)が単離された(図1)。

図1

 

 L. salivariusはグラム陽性通性嫌気性桿菌であり、腸内ではプロバイオティクスとして使用されている株もある。また、L. salivariusは日本細菌学会のバイオセイフティー指針でレベル1(ヒトに疾病を起こし、或いは動物に獣医学的に重要な疾患を起こす可能性のないもの)、かつ、日和見感染を起こさない細菌として分類されており、安全な菌として使用することができる7)。ここでは乳酸菌LS1の口腔内プロバイオティクスとしての可能性を検討したin vitro 試験及びヒト臨床試験の結果を紹介する。

 

・歯周病原細菌

口腔内には500種類以上の細菌が生息していると言われているが、Socranskyらは歯周病に関連すると考えられる細菌を5種類の群に分類し、その中で最も歯周病の発症や進行に関わりのある細菌であるPorphyromonas gingivalisTannerella forsythensisTreponema denticolaの3菌種を”Red complex”として分類している8)。特に、P. gingivalisは莢膜やタンパク質分解酵素、リポ多糖、付着能など強い病原性を持っている9)。また、P. intermediaも同様にタンパク質分解酵素やリポ多糖など強い病原性を持っているとともに、女性ホルモンで増殖が促進されることから妊娠性歯肉炎や月経周期関連歯肉炎の原因になることが知られている10)

in vitro試験と歯周病原細菌数抑制効果の作用機序11)

まず、in vitroにおいてLS1による歯周病原細菌抑制効果を検討した。LS1と歯周病原細菌P. gingivalisおよびP. intermediaを、共に初期菌数1×107 cfu/mlとして混合して培養した。その結果、P. gingivalis 菌数は12時間後に大きく減少し、P. intermediaにおいても24時間後に菌数は大きく減少した(図2)。従って、LS1はP. gingivalisP. intermediaの菌数を減少させる働きがあることが認められた。

図2

 

さらに詳細に検討する為、P. gingivalis の初期菌数を1×108 cfu/mlに対し、LS1を 1×102 cfu/ml と、P. gingivalis菌数の100万分の1にした場合においても、18時間培養後にはP. gingivalis菌数は検出限界以下となった。つまり、LS1菌数がP. gingivalis菌数の100万分の1しか存在しない場合でも、LS1はP. gingivalisを完全に殺菌することが可能であった。混合培養時のLS1の菌数はいずれもP. gingivalisP. intermedia菌数が大きく減少する前に1×109 cfu/mlにまで増加していた。つまり、P. gingivalisP. intermedia菌数が減少する為にはLS1の増殖が必要であり、増殖中に産生される物質により菌数減少が起こるものと推測された。

そこで、どのような物質が歯周病原細菌の殺菌に関与しているかを調べる為に、混合培養を行っている時の培養液中のpHと乳酸濃度を測定した。その結果、pH6.0以下への低下、又は乳酸量が50m mol/l以上へ上昇した時にP. gingivalis菌数の減少が起こった。つまり、P. gingivalis を殺菌する物質としてはpH、乳酸イオン、乳酸のいずれかが関与しているものと推測された。次に、乳酸と塩酸をそれぞれ50mmol/l pH6.0に調整して培養液中に加え、P. gingivalisのみ単独で培養を行った。その結果、塩酸添加よりも乳酸添加のほうが菌数を抑制していた。乳酸、塩酸ともに同じpHである、つまり水素イオン濃度は同じにもかかわらず、乳酸添加のほうが菌数を抑制したことから、P. gingivalis菌数抑制にはpHよりも乳酸がより関与していることが示唆された。さらに詳細な検討を行ったところ、プロトンが解離していない非解離型の乳酸が最もP. gingivalis殺菌に関与することが示唆された。非解離型乳酸は細胞膜を透過することができるため、P. gingivalisの細胞内に侵入し、細胞内を酸性化することによりP. gingivalisを殺菌していると考えられる。

 一方、LS1はホモ乳酸醗酵菌であり、最終代謝産物は乳酸のみである。乳酸菌により産生された乳酸は口腔内pHを低下させ、歯の脱灰を促進することから、う蝕が懸念される。しかし、LS1は耐酸性が低く、酸性になると自ら死滅してしまうという特徴を有する。このことからLS1は他の乳酸菌のように乳酸を作りすぎて口腔内を酸性化し、う蝕の発生や進行を助長することは起こらない。そこで、LS1の耐酸性の低さを確認する為、ヨーグルトなどに含まれ、う蝕部位から頻繁に検出される、耐酸性の乳酸菌、Lactobacillus acidophilusとLS1をそれぞれ50mmol/l乳酸溶液中で培養し、死滅率を調べた。その結果、LS1のほうがL. acidophilusよりも1000倍死滅率が高いことが判明した(図3)。つまり、LS1は酸に対して他の乳酸菌のように耐性はなく、自身の産生する乳酸で死滅してしまい、口腔内を酸性化しないことが示唆された。

図3

 

・ヒト臨床試験1 唾液検査12)

 次に、ヒトの口腔内でのLS1による歯周病原細菌抑制効果を検討する為、唾液中の菌数変化を測定した。唾液は口腔粘膜、舌、歯肉、浅い歯周ポケットなど口腔内全体を浸しているので、唾液中の細菌検査は口腔内全体の細菌分布を知る上で有用である。そこで、57名の被験者にLS1を1日量2×107となるようにLS1含有錠菓を1日3回連日服用してもらい(8週間)、唾液中の細菌数と唾液pH、不溶性グルカン量を測定した。歯周病原細菌の測定は培養法で測定した為、P. gingivalis P. intermedia 等を含む細菌群である黒色色素産生嫌気性悍菌数として測定を行った。黒色色素産生嫌気性桿菌は嫌気条件下で血液平板を用いて培養すると黒色のコロニーを産生するという特徴を持っている。

その結果、被験者の唾液中の黒色色素産生嫌気性悍菌数は服用4週で服用前の約1/20に有意に減少した(図4)。唾液中の総菌数やう蝕の原因菌であるミュータンス連鎖球菌数、Lactobacillus属の菌数に変化は見られなかった。

図4
図5

 

さらに、LS1服用前の唾液pHは5.4~8.5と広域に分布していたのが、服用後にはpH7.3付近に収束した(図5)。う蝕に関連する細菌の至適pHは酸性、歯周病原細菌の至適pHはアルカリ性であることから、唾液pHが酸性に傾くとう蝕関連の細菌が、アルカリ性に傾くと歯周病原細菌が増殖しやすい環境となってしまう。つまり、唾液pHが中性に保たれているほど口腔内は望ましい環境であることになる。LS1の服用は唾液pHを中性に収束させる働きを持つことから、pHにおいても口腔内に望ましい環境を作っているものと思われる。さらに、LS1の服用による唾液pHの中性化は、乳酸菌であるLS1が口腔内を酸性に傾けて、う蝕を助長するという可能性を否定するものでもある。

次に、唾液中の不溶性グルカン量を測定した。その結果、乳酸菌LS1服用により、唾液中の不溶性グルカン産生量は有意に減少した(図6)。不溶性グルカンは唾液の粘性を上げることから不溶性グルカン量が増加すると口の中が「ネバネバ」した感じになる。また、う蝕関連の細菌や歯周病原細菌は不溶性グルカンを産生することによって歯面や歯周ポケットなどにバイオフィルムを形成し、外部からの薬剤などに対して強い耐性を獲得する。従って、乳酸菌LS1は不溶性グルカン産生量を減少させることにより唾液の粘性を減少させるとともに、バイオフィルム形成も抑制することが可能となり、う蝕や歯周病予防に有効であることが示唆された。

 以上のことから、LS1は唾液中の黒色色素産生嫌気性悍菌数を減少させて、唾液pHを中性付近に収束させ、不溶性グルカン産生量を減少させる働きがあることが示唆された。

図6

・ヒト臨床試験2 歯肉縁下プラーク検査13)

次に、歯周病の病巣部位は歯周ポケット中の歯肉縁下プラークであることから、LS1服用による歯肉縁下プラーク中の細菌数の変動について検討した。被験者77名(LS1服用群39名、プラセボ服用群38名)にLS1 1日あたり2×108を含む錠菓を1回1錠、1日3回、12週間連日服用してもらい、服用開始前、開始4週後、12週後及び服用中止4週後に歯肉縁下プラークを採取し、細菌数の測定を行った。測定した細菌はP. gingivalisP. intermediaT. forsythensisL. salivariusの4菌種について行い、歯肉縁下プラークからDNAを抽出してReal-Time PCRで菌数測定を行った。また、同時に口腔内の臨床所見として、平均PD値(ポケットの深さ)、最深部PD値、BOP(ポケットの深さ測定時の出血の有無)、についても検査した。

その結果、服用4週でLS1服用群では歯肉縁下プラーク中のP. gingivalis菌数は平均で1.1×105から2.8×104へと有意に減少した(P<0.01)(図7)。菌数はLS1を服用し続けた12週後においても減少したまま維持されていた。服用を中止するとP. gingivalis菌数は服用前と同程度にまで上昇した。プラセボ服用群では菌数の有意な増減は見られなかった。

図7
図8

 

P. intermediaでは服用4週において平均で1.3×105から9.4×104へと有意に減少し(P<0.01)、服用12週で5.7×104へと有意に減少した(P<0.01)(図8)。服用中止後も12週と比較して平均値は減少した。P. intermediaにおいてもプラセボ服用群では有意な増減は見られなかった。

一方、T. forsythensis はLS1服用群、プラセボ服用群ともに有意な増減は見られなかった。P. gingivalisP. intermediaはともにin vitroにおいてもLS1による菌数の減少が認められていた。しかし、今回測定していないが、Red complexの1種であるT. denticolaは耐酸性があることが知られている。以前に少人数で同様の試験を行った際に、T. denticola菌数はLS1服用群においてもプラセボ服用群でも有意な増減は見られなかった14)T. forsythensisは液体培養が困難である為、in vitro試験は行っていないが、T. denticolaと同様に耐酸性等の機構によりLS1による菌数減少は起こらなかったと思われる。

さらに、LS1服用時の歯肉縁下プラーク中L. salivariusについては、LS1服用前の検出率は10%だったのに対し、服用4週後は90%と上昇した(図9)。菌数もLS1を服用することによって増加した。しかし服用中止4週後には歯肉縁下プラーク中のL. salivarius菌数は減少し、検出率も20%にまで低下した。もともとL. salivariusはヒトの口腔内常在菌ではあるが、名前が示すとおり唾液中に多く生息している。LS1含有錠菓を服用することにより唾液中の菌数が増加すると歯肉縁下プラーク中の菌数も増加するが、定着することはできない為、常に唾液中のLS1菌数を増加させておかないと歯肉縁下プラーク中の歯周病原細菌抑制効果を発揮できないと考えられる。

図9

 

口腔内の臨床所見に関しては平均PD値、最深部PD値、BOPいずれの値もLS1服用群、プラセボ服用群ともに改善した。口腔内診査による口腔衛生への関心の高まりや唾液分泌量の増加などの効果が菌数減少の効果を上回った為に、両群においても改善を示したと考えられる。

以上より、LS1を服用すると唾液中の菌数が増加するとともに歯肉縁下プラーク中の菌数も増加し、歯周病原細菌であるP. gingivalisP. intermedia菌数を抑制することが示唆された。歯周病の病巣部位である歯肉縁下プラーク中の細菌の中でも特に病原性が高いP. gingivalisP. intermedia菌数を抑制することによって歯周病のリスクを低下させることが可能となることから、LS1の服用は歯周病の予防や進行防止に有用であると考えられる。

 

・口臭予防効果15)

 口臭は生理的なものや臭いの強い食品の摂取、喫煙、全身の疾患が原因となる。また、実際に口臭がないにも関わらず口臭を訴える自臭症というケースもある。しかし、口臭の80%以上の原因は口腔内の歯周病やう蝕、舌苔などに生息する嫌気性菌が含硫アミノ酸の脱アミノ反応により硫化水素やメチルメルカプタンなどの揮発性硫黄化合物を発生させることによるものである。従って、口腔内の嫌気性菌由来の口臭を抑制する為には口腔内のプラークコントロールを十分に行う必要がある。

乳酸菌LS1は口腔内のP. gingivalisP. intermediaといった歯周病原細菌の菌数抑制効果を持つ。P. gingivalisP. intermediaも揮発性硫黄化合物を産生する口臭の原因菌であることが知られている。つまり、P. gingivalisP. intermedia菌数を抑制することで口臭の抑制効果も期待できる。

そこでまず、in vitroでLS1による揮発性硫黄化合物の発生抑制効果を確かめるため、LS1とP. gingivalisを混合培養し、硫化水素とメチルメルカプタン濃度の変化を測定した。P. gingivalis単独培養の時は多量の硫化水素やメチルメルカプタンの発生が認められたが、LS1と混合培養を行うと硫化水素やメチルメルカプタンの発生を抑えることが可能であった(図10)。

図10

 

 次にヒト臨床試験において、口臭抑制効果を検討した。LS1服用前に口臭ありと判定された20名を対象に、LS1服用前後の口臭をハリメーター(インタースキャン社)で測定した。ハリメーターは口臭の原因である揮発性硫黄化合物濃度を測定する口臭測定装置である。その結果、LS1服用4週で揮発性硫黄化合物の有意な減少が認められ、さらに約2/3の被験者は口臭なしと判定された(図11)。従って、LS1は口臭の原因物質となる揮発性硫黄化合物を減少させる働きがあり、口臭抑制効果が認められた。

図11

 ・LS1服用時の口腔内の状態に関するアンケート調査

 LS1含有錠菓を服用したときの口腔内状態の実感について、アンケート調査を実施した。アンケートは服用開始4週後、8週後、12週後に実施し、質問項目は「口の中がネバネバする」、「歯磨きの際などに歯ぐきから出血する」、「口臭がある(自分で気づいた)」の3項目、回答はこれらの質問事項に対して「良くなった」、「変わらない」、「悪くなった」の中から選択してもらった。

 まず、「口の中がネバネバする」に関しては、LS1の不溶性グルカン産生抑制効果を実感できるか調べる為に設問した。以前より、LS1含有錠菓を夜寝る前に服用すると朝の口腔内の粘つきがなくなるという意見は多数寄せられている。アンケートの結果、服用4週後ではLS1服用群では51.1%が良くなったと回答しており、プラセボ服用群では25.5%であった。LS1服用群とプラセボ服用群間では有意差が認められた。また、服用8週後ではLS1服用群、プラセボ服用群それぞれ44.4%、28.3%が、服用12週では44.4%、36.4%が良くなったと回答した。服用8週後と12週後では群間に有意差は見られなかった(図12A)。プラセボ服用群に関しては、LS1含有錠菓中に多く含まれている糖アルコールがプラークの結合を緩める働きがあることが報告させていることから、プラセボのみでも口腔内の粘性の低下が起きていると考えられる。このため、プラセボ服用群の「良くなった」という回答は増加していったと考えられる。

 次に「歯磨きの際などに歯ぐきから出血する」についてである。アンケートの結果、服用4週後ではLS1服用群では35.6%が良くなったと回答し、プラセボ服用群では14.9%が良くなったと回答した。また、8週後ではそれぞれ42.2%と15.2%、12週後では37.8%と15.9%であり、8週後と12週後においてはLS1服用群とプラセボ服用群間で有意差が認められた(図12B)。臨床試験の結果から、P. gingivalisP. intermediaも4週の時点で既に菌数の減少が認められた。炎症の軽減は病原菌数の低下後に引き続いて起こることから、4週で菌数の減少が見られた後に8週で炎症にも群間の差が認められたものと考えられる。

図12

 一方、口臭についてであるが、こちらは4週後に良くなったと言う回答はLS1服用群35.6%、プラセボ服用群17.0%、8週で35.6%、21.7%、12週で26.7%、20.5%であった。いずれにおいても群間で有意差は見られなかった(図12C)。口臭の発生源である歯周病原細菌数を減少させることは本質的な口臭の改善となるが、必ずしも即効性があるわけではないことから被験者の実感は難しいと思われる。むしろ錠菓の服用そのものの影響である唾液の分泌や錠菓中の香料等の影響のほうが即効性が高く、改善しているように感じているために、群間で差が見られなかったと思われる。

 以上より、被験者の実感調査の結果としては「口の中のネバネバ」と「歯ぐきからの出血」についてはLS1の服用はプラセボと比較して効果が感じられるものの、口臭についてはプラセボとの差は見られなかった。

 

・おわりに

 今回紹介したように、乳酸菌LS1は唾液中、及び歯肉縁下プラーク中の歯周病原細菌P. gingivalisP. intermediaを有意に減少させ、さらに唾液pHの中性化、唾液中の不溶性グルカン減少効果、口臭減少効果が臨床試験により示唆された。さらにアンケート調査の結果から「口の中がネバネバする」、「歯磨きの際などに歯ぐきから出血する」について、被験者の実感として有効性があると認められた。以上からから、LS1は口腔内の歯周病原細菌を減少させることにより口腔内環境を改善する効果があることが示唆された。

 現在、歯周病の治療はスケーリング等による機械的なプラークコントロールと抗生物質などの抗菌剤による化学的なプラークコントロールが主流である。しかし、歯周病原細菌の完全除去は不可能であり、一生病原菌と共存することになることからも、歯周病原細菌をコントロールすることこそが重要となってくる。このような観点から、歯周病原細菌をプロバイオティクスで抑制する、有用細菌で病原細菌を抑えるという生物学的プラークコントロールは、機械的プラークコントロールや化学的プラークコントロールと比べて安全で費用対効果も高く、非常に有効な手段であるといえる。

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一般社団法人 日本プロバイオティクス学会 理事長 

古賀 泰裕 

連絡先 Fax:0463-95-6369 

e-mail:jpn.probio1998@mbr.nifty.com

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