PROの歴史は、19世紀後半に免疫を担うのは食細胞であるとする「免疫食細胞説」を提唱してノーベル賞を受けたイリヤ・メチニコフ(1845~1916)に始まる。老化の研究もしていたメチニコフは、1901年、腸内の腐敗菌が出す腐敗物質による慢性中毒が老化を引き起こす原因であるとの考えを発表した。このころ、ジュネーブ大学医学部の学生であったグリゴロフは、ブルガリアで作られたヨーグルトから複数の乳酸菌を発見していた。これらは当時「ブルガリア桿菌」と呼ばれていたが、現在、Lactobacillus bulgaricusとStreptococcus thermophilusと命名されたヨーグルトを作る種菌にあたる。これらの乳酸菌は現在のPROの元祖でもあるが、メチニコフは、これらが腸内の腐敗菌を抑えることを明らかにした。長寿者が多いことで知られていたブルガリア人はヨーグルトを多く摂取することから、彼は、ヨーグルトに含まれる乳酸菌の働きが長寿の原因と考えた。腸内の有害菌を有益菌の代表である乳酸菌を用いて抑制することで、健康維持および疾病の予防治療を行うという現在のPROの基本概念は、100年以上も前にメチニコフによって確立されたと言える。当時の19世紀後半の病原細菌学全盛期において、生体に有益な作用を発揮するという全く別の範疇の細菌が存在することを提唱したのは特筆に価する。しかし、腸内細菌が作る腐敗物質が老化の原因であるとの彼の説は、どちらかと言えば十分な検証を経たものではなく、今日、広く認められるには至っていない。
PREの概念、用語は1995年、ギブソンとローバーフロイドにより初めて発表された1)。彼らによるヨーロッパでのPREの提唱以前に、すでに日本では1980年代半ば、腸内の有益菌であるビフィズス菌を選択的に増殖させるフラクトオリゴ糖が実用化され、その後、他の各種オリゴ糖が次々と発見、実用化されてきた。これらの日本での先駆的なオリゴ糖の研究開発がギブソンらによるPREの概念の提唱を導いたとも言える。さらにPREとPROを組み合わせて摂取することによる相乗効果を目指したシンバイオティクス(Synbiotics)の試みも行われている。
今日のPRO/PRE研究開発の進展に不可欠なのが腸内細菌研究の進歩である。腸内常在細菌の系統的解析は、1886年、エシェリヒア(Escherichia)による乳児便からの大腸菌(Escherichia coli)分離に始まる。1899年、母乳栄養乳児便からビフィズス菌(Bifidobacterium)、さらに1900年、人工栄養乳児便から乳酸桿菌(Lactobacillus)が分離された。以後、乳児栄養と腸内細菌との関連の研究が活発に続く。また、これらビフィズス菌および乳酸桿菌は、現在、PROとして広く用いられている。先に述べたメチニコフは腸内細菌叢の劣化が老化を早めるとの説を唱えたが、腸内常在細菌の宿主における生理的役割の解明は20世紀後半になって本格的に始まり現在に至っている。その大きな契機は、この時期以降、次々と発見開発された種々の抗菌薬の長期大量投与は、腸内細菌叢の破壊を引き起こし、それまで経験したことのない菌交代現象あるいは日和見感染症をもたらした。これらの知見から、健常な腸内細菌叢は腸内での病原性細菌の活動を阻止して宿主の健康を維持していることが明らかになった。
2001年、FAO(国際連合食糧農業機関)・WHO(世界保険機関)合同専門家委員会は、PROの定義、用途に関するガイドラインを発表した2)。そのときのPROの定義は、「十分量を投与することで、宿主の健康に良い効果をもたらす生きた微生物」であった。この定義は世界中に広く普及し、その後10年間でこの定義を引用した文献はPubMed検索で8千報を超えている。2013年、前回と同じメンバーが中心となった同委員会が再度開催された。その結果、2001年のPROの定義はそのまま踏襲された。PROについてのこの定義の骨子は「健康に寄与する」であるから、単に、“生きた菌を含む”とか“昔から食されてきた伝統的発酵食品”ではPROとは認められない。あえて名付ければ、これらは“生菌含有食品”と言うべきであろう。2014年、ISAPP (International Scientific Association for Probiotics and Prebiotics)が提案し、現在、EU圏で採用されている定義3)では、PROと呼べる製品製剤は、以下の3つに分けられる(表1)。①効能を明示していないPRO食品・サプリメント, ②効能を明示したPRO食品・サプリメント、③PRO医薬品。この中で①については、使用されている生菌株が、Bifidobacterium longumのように、多くの研究実績および長い食経験(GRAS; Generally Regarded as Safe)により、ヒトの健康を増進し安全性が確認されている菌種であることが必要である。よって製品に特定の効能を明示せず、あくまで食品・サプリメントとして上市されるのであれば、PROとして用いる菌株がそれらの菌種に所属していれば、医薬品に準じた新たな臨床試験は必要としない。②では具体的な効能を表示するため、実際に用いる菌株を使ってランダム化比較対照試験等により、ヒトにおける効能と安全性を証明する必要がある。現在、日本で国が認可して運用されている“特定保健用食品”や“機能性表示食品”はこの範疇にはいるであろう。③においては医薬品に求められる厳格な規格規準が要求されるであろう。日本では“医薬品”として認可されている“生菌製剤”がこれに当てはまるであろう。なお、最近、注目されている糞便細菌叢移植(Fecal Microbiota Transplant)は、このISAPPによるPROの規準から見れば、含まれているすべての細菌種の具体名やそれらの正確な数が不明であり、かつ、それらの菌種の安全性の保証がないため、狭義の定義ではPROとは認められない。
先に述べたギブソンは、腸内の特定の細菌の増殖および活性を選択的に変化させることで、宿主の健康を改善する難消化性食品と定義した。従ってPREに要求される条件としては、①胃十二指腸や上部小腸で消化吸収されずに、下部小腸および大腸まで届く、②下部小腸、大腸に定住する有益な細菌の選択的な基質(=餌)であり、それら細菌のみを増殖、活性化させる、③その結果、宿主の健康維持あるいは疾病の予防治療に働く、が必要とされる。現在、上記のPREの条件を満たし、実際にPREとして使用されているのは難消化性オリゴ糖を主とした糖質である。代表的なオリゴ糖としては、フラクトオリゴ糖(末端のグルコース1分子に少数のフルクトースが結合)、ガラクトオリゴ糖(末端のグルコース1分子に少数のガラクトースが結合)、ラクチュロース(ガラクトースとフルクトースが結合した2糖)等があげられる。2017年のISAPP委員会の報告4)はPREの定義を拡大した。すなわち体内の有益菌を増やすものであれば糖質以外の、たとえば、脂質成分も、また適応部位も消化管に限定せず、たとえば皮膚に直接塗布するもの、もPREに含めるべきであると提唱した。
先にあげた2001年のFAO/WHOのガイドラインでは、PROの有効性が確認された、あるいは有望と期待される疾患あるいは症候についても提示された。表2はそれらの項目に加え、その後、新たに有望な適応として注目されているものを追加したものである。PREにおいても、消化管内定住有益菌の増殖活性化を促進することで、この表にあげたPROとほぼ同じ項目が適応となるであろう。これらの適応項目の中で、近年、大きな注目を集めているのが肥満・II型糖尿病である。肥満、特に内蔵脂肪蓄積は、脂肪細胞組織での慢性炎症を誘発し、TNF-α(腫瘍壊死因子α)などのインスリン抵抗性誘導物質の放出を促進しインスリン抵抗性を招く。そして、このインスリン抵抗性の出現がメタボリック症候群の始まりとなり、糖尿病、高脂血症、高血圧、脂肪肝の発症リスクを高め、これらの疾患が持続すると動脈硬化が進行し、最終的には脳卒中、心筋梗塞といった致死的疾患の発症へとつながる。内蔵脂肪の蓄積の二大原因は過剰なカロリー摂取と運動不足であるが、近年これらに加えて、腸内細菌叢の異常が内蔵脂肪蓄積に大きな影響を及ぼしていることが明らかになった。このDysbiosis(細菌叢異常)を是正して内蔵脂肪蓄積を予防するPRO/PREの開発が期待されている。
現在まで国内でPROとして使用されてきた主な細菌属は、Lactobacillus(乳酸桿菌)、Bifidobacterium(ビフィズス菌)、Enterococcus、Lactococcus、Bacillus、Clostridium等である。そして次世代型のPROとして開発が期待されているひとつが、Faecalibacterium prausnitzii である5)。一般にPRO候補を選択する場合、腸内で多数を維持している菌群に所属する菌種を選ぶことが、腸内でその効能を十分に発揮させる上で有利である。ビフィズス菌は、日本人の腸内細菌叢全体の10〜15%という多数を占める。よって現在PROとして多く使用されているビフィズス菌に所属するPRO(たとえばB. longum)は、腸内環境に適合して腸内で多数を維持できる可能性が高い。この観点からFaecalibacterium(本属に分類される菌種は現在のところF. prausnitziiのみ)はヒト腸内細菌叢全体の5〜10%を占めることは、新たなPROとして用いる際に有利である。
潰瘍性大腸炎やクローン病などの炎症性腸疾患において、腸内のF. prausnitzii菌数は症状の憎悪•寛解に伴って減少・増加することが知られており、この細菌数が腸管炎症の重症度を反映するひとつの指標となると考えられている。さらに、この菌を末梢血単核球と共培養すると、抗炎症性サイトカインであるIL(インターロイキン)-10産生を促進することから、F. prausnitzii自体が炎症性腸疾患の症状を改善させる働きを持つと考えられる。よって何らかの原因でこの菌の腸内の数が減ることは、炎症性腸疾患憎悪のリスクになると考えられる。
制御性T細胞(Treg)は生体の免疫恒常性維持に不可欠なT細胞サブセットであり、自己抗原に対する免疫不応答の維持、そして過剰免疫応答の抑制に働く。Tregは腸、特に大腸に豊富に存在し、炎症性腸疾患においても、その発症あるいは憎悪にTregの数的あるいは機能不全が深く関与していると予想される。F. prausnitziiは短鎖脂肪酸として酪酸を産生分泌する。このことが、短鎖脂肪酸として酢酸を作るビフィズス菌と異なるF. prausnitziiの重要な特性である。
さらに、F. prausnitziiが産生する酪酸にTregの増殖および分化促進効果があることが明らかになった6)。一方、ビフィズス菌が産生する酢酸には、このTreg増強作用はほとんどなかった。
これらの知見から、従来、広くPROとして用いられてきたビフィズス菌や乳酸桿菌ではなく、F. prausnitziiをPROとして使用することでIL-10産生刺激に加えTregを誘導し、炎症性腸疾患、アレルギー、肥満・II型糖尿病の予防治療に応用することが期待されている。しかし、この菌株の多くは高度に偏性嫌気性であるため、PRO製剤生産に不可欠な工業的大量培養およびその後の安定的保存が困難であり、まだPRO製剤としては実用化されていない。
一方、見方を変えて、F. prausnitziiが腸内常在細菌であることを考慮すれば、これら内在性のF. prausnitziiをPREで増強するという方法も考えられる。これに関して、最近、最も低分子のフラクトオリゴ糖であるケストース(1-kestose: グルコース・フルクトース・フルクトースの3単糖から成る)は、ヒト腸内のF. prausnitziiの数を有意に増加させることが報告された7)。現在使用されているその他のオリゴ糖は、ほとんどがビフィズス菌に対する増強効果がもっぱらであることを考えれば、ケストースは次世代型PREとも言うことが出来、今後の広範な適応拡大が期待される8)。
製剤の一般的名称 | 製剤の一般的名称 | 条件 | 効能記載のために 必要とされる事項 |
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(非プロバイオティクス) 生菌含有食品 | “生きた菌を含む” 伝統的発酵食品” | 一般の発酵食品が当てはま るが, 食品1g当たり109個 程度の生菌が含まれることが望ましい | 臨床試験等は必要ない |
(プロバイオティクス) 効能を明示していない プロバイオティクス食品/ プロバイオティクスサプ リメント | “プロバイオティクスを含む” | 含まれる生菌株が, これまでの 研究でヒトの健康を増進し, 安全性が確定された菌種 (例:B. longum)に属していること | 実際に含まれる菌株につい ては必要ないが, 所属する 菌種についてはランダム化 対照比較試験やメタ解析等 により, 効能, 安全性がす でに確認されていること |
効能を明示した プロバイオティクス食品/ プロバイオティクスサプ リメント | “肥満抑制効果をもつ”等の 具体的効能記載 | 生菌株の具体的名称と, 賞味 期限における生菌数を明示する | 菌株の効能について, その 菌株を用いたランダム化対 照比較試験等による証明と 安全性が確認されていること |
プロバイオティクス医薬品 | “過敏性大腸の寛解” | プロバイオティクス医薬品 | 医薬品に求められる規格,規準 |
1)細菌, ウイルスによる下痢の予防
・サルモネラ菌, クロストリジウム菌, ロタウイルス
2)ヘリコバクター
・ピロリ菌感染とその合併症 ・慢性胃炎, 胃十二指腸潰瘍, 胃がん
3)炎症性腸疾患
・クローン病, 潰瘍性大腸炎
4)機能性胃腸疾患
・機能性ディスペプシア, 過敏性腸症候群
5)がん
・胃がん, 大腸がん, 膀胱がん
6)便秘
・マクロファージ活性化, NK細胞増強, s-IgA分泌亢進
・食物アレルギー, アトピー性皮膚炎, 気管支喘息
・肥満, Ⅱ型糖尿病
・血中コレステロールの低下
・カンジタ膣炎, 尿路感染症
1) Gibson, G. R., and Roberfroid, M. B.: Dietary modulation of the human colonic microbiota: introducing the concept of pebiotics. J Nutr, 125: 1401-1412, 1995.
2) FAO of the United Nations and WHO: Health and nutritional properties of probiotics in food including powder milk with live lactic acid bacteria. World Health Organization [online] 2001.
3) Hill, C., Guarner, F., Reid G. et al.: The international scientific association for probiotics and prebiotics consensus statement on the scope and appropriate use of the term probiotic. Nat Rev Gastroenterol Hepatol 11: 506-514, 2014.
4) Gibson, G. R., Hutkins, R., Sanders, M. E. et al. The international scientific association for probiotics and prebiotics consensus statement on the definition and scope of prebiotics. Nat Rev Gastroenterol Hepatol 14: 491-502, 2017.
5) Miquel, S., Martin R., Rossi, O. et al. Faecalibacterium prausnitzii and human intestinel health. Current Opinion in Microbiology 16: 255-261, 2013.
6) Furusawa, Y., Obata, Y., Fukuda, S. et al. Commensal microbe-derived butyrate induces the differentiation of colonic regulatory T cells. Nature 504: 446-450, 2013.
7) Koga, Y., Tokunaga, S., Nagano, J. et al. Age-associated effect of kestose on Faecalibacterium prausnitzii and symptoms in the atopic dermatitis infants. Pediatr Res 80: 844-851, 2016.
8) Tochio, T., Kadota Y., Tanaka, T., and Koga, Y. 1-kestose, the smallest fructooligosaccharide component, which efficiently stimulates Faecalibacterium prausnitzii as well as bifidobacteria in humans. Foods 7: 140, 2018. doi:10.3390/foods7090140